自閉症のキミが好き!

おおらか、マイペース、独創的、ユニークでスペシャルな存在!なのは、自閉症だから? だったら私は「自閉症の」君が好きなんだ

発達支援教室で療育へ  

発達支援をする教室に通うきっかけ



三才児健診で、 
おもちゃを並べたり…っていう姿を見せたボンズ。 

「誰しも通る道なんだけど、ボンズ君はそこで引っかかっている可能性がある。 
その背中をちょっと押してあげましょう、っていうのが発達支援」

 という説明を聞いたんだよね。 

折りしもプレ幼稚園のクラスをやめたところだったし、 
どこか集団で遊ばせたい、経験させたいと考えていたところなので、 

「じゃ、そういうところに行くのも手ですね~」 

なんて言ったら、 

「お母さん、えらいねー。
できないことに、キーーーっとならなくて~~~」 

 って言われたんだ。

でも違うんだよ。 
褒められることじゃなくって、 

「ボンズはこういう人」 

だと思っていたし、今でもそう思っているから、
全然危機感を感じないの。 


発達支援教室という療育を受けるには、契約が必要だった



でも、実際に説明を聞きに行って、利用する契約をする…って段階になると、 

 「障害児」

 って欄に、ボンズの名前を書くようになっていて、びっくりしました。
突っ込んでいいのか迷いながら、でもその欄に名前を書くことに抵抗を感じたので、

「うちの子障害児なんですか?」 

 と聞くと、

 冷静沈着に淡々と説明してくれていた担当の人、しどろもどろになっちゃって、 

「いや児童福祉法が障害者支援法に組み込まれて…なんたらかんたら…」 

きっとあの段階で、ボンズは自閉症とかそういう話はできなかったんだろうね。

 一抹の不安を感じつつも、 
個別対応の教室が始まりました。 

 教室って言っても、ボンズはいっぱいあるおもちゃで遊んでいるだけで、 
まずはハハが先生から質問受けまくり。 

 「ボンズ君、好き嫌いは?」 
「夜ちゃんと寝る?」 
「して欲しいことがあったらどうするの?」 
「指さしする?」

 聞かれるたびに、一生懸命答える自分。
 時々「そんなこと意識したことなかったな」なんて焦りながら。

 今思えばコレ、全部自閉症の症状と言われているものだよね。

その時はそんなこと夢にも思ってないので、 

「聞かれっぱなしで答えがないなんて、なんか試されてる気分」で、いやだったな。 

ほら、試験だって受けたら結果が知りたいでしょ。 
そういう感じ。 


母子グループを経て、母子分離グループへ。療育開始



グループの教室に入ったら、 
最初はおとなしく、暴れも脱走もせず…だったんだけど、 
回を重ねるにつれ、好き勝手し始めた。 

そうすると、 

「お母さん、捕まえていて」 
「お母さん、そこで褒めてあげて。できて当たり前のことでもうんと褒めて」 
「助けが欲しい時は、目で合図してくれたら下の子見てますから」 

などなど、ボンズに対する声かけはもちろんではあるけど、 
親であるうちにまで、指示がすごいんだよね! 

「母子教室」っていう意味が、3月に入り終わりかけの頃にやっと理解できたよ。 

ボンズの症状を、悪化させるも補正していくのも、周囲の環境? 
だとしたら、四六時中一緒にいる母親の役目って大きい。 

ボンズの診断を受けることを決めたら、 
その病院を一生懸命探してくれた先生。 
下の子の世話まで、泣かれながらもやってくれた先生。 

結局はボンズのためにやってくれてた…っていう当たり前のことにすら気づかず、 

「どうしてそんな言われ方するんだろう?」 

と思ったこともあった。 

シール貼りに興味を持たないと、
「これは経過を観察しなくては」とか。 
そんなオオゴトにとることないのに…
「シール恐怖症ですか?」とか思いながら通った半年間。 


母子教室を終了し、4月からは母子分離になります。 
この教室の意義を知り、全面的に信用することにした私には、
これからが楽しみでなりません♪

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category: 発達支援教室

thread: 発達障害(自閉症、アスペルガー、LD、ADHD、発達遅滞) - janre: 育児

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